ボツリヌス毒素
2000年もいよいよ今月1ヶ月で終わりです。年末の気ぜわしい時でもあり、今月は肩の凝らない話です。
眼瞼けいれんや顔面けいれんについて10月号に書きましたが、今月はこれに関係した軽い話です。
眼瞼けいれんの治療薬であるボツリヌス毒素についてですが、これは本来は生物学的兵器として開発されたものです。従って、米ソ冷戦が終結し化学兵器の使用禁止の世界的な世論が高まらなかったらボツリヌスも薬として使用されるようにならなかったかも知れないと言われています。ボツリヌス毒素は1gで1千万人以上の人を殺せるといいます。実際、湾岸戦争の時はイラクのサダム・フセイン大統領がクルド人を迫害するために使ったとか、某宗教団体が皇居の周りに撒いた(こちらの方は失敗した)とか言われています。こう書くとそんな物騒なもので治療されてはたまらないと心配される方もあるかと思いますので、付け加えておきますが、人の致死量は筋肉注射の場合は3500単位から50万単位であるのに、治療として用いる1回量は最高300単位(眼科では15ないし30単位ぐらい)ですから充分に安全マージンがあることが分かると思います。だから名前はボツリヌス毒素ですが、実際は他の薬物と比べても毒性は強いとは言えないのです。
それでは何故、生物学的兵器になるのかと言えば、それは分子量90万もの巨大分子の結晶化に成功したこと、その毒性が重量あたり史上最強であること(軽くて持ち運びが容易で殺傷能力が強いということ)製品が安定して保存できるということなどのためです。
ボツリヌス毒素が眼瞼けいれんや顔面けいれんに何故効くかは、神経筋接合部でアセチルコリンの放出に関係したタンパクを阻害するからと、一般的に言われています。またそれ以外にも筋肉への知覚入力に変化を与えることにより異常な筋収縮を二次的に抑える作用もあると考えられています。この作用は「知覚トリック」と言って、例えば片目を手のひらで覆うと他眼のけいれんがやむことがあると言ったような現象と関係していると言われます。