老人性眼瞼下垂

井出 醇いであつし*1 青島 周明*2

*1井出眼科病院  *2青島眼科

メディカル葵出版のご好意により掲載しています。

「眼科手術」 第8巻第4号 1995年10月

  老人性眼瞼下垂の初期合併症として,低矯正,過矯正をはじめlid lag,兎眼,びまん性角膜炎,眼瞼外観の醜形,術後出血など,また中,長期のものとして最も問題となる再発について,これらの処置と考え方を述べた.また,老人性上眼瞼皮膚弛緩を合併した場合の診断と,手術中とくに注意すべき点とについてわずかではあるが言及した.

 【キーワード】 老人性(退縮性)眼瞼下垂,手術,合併症,再発

Senile (Involutional) Blepharoptosis

Atsushi Ide1), Syuumei Aoshima2)

Ide Eye Hospital1), Aoshima Eye Clinic2)

 Under-correctin, over- correctin, lid lag, lagophthalmos, erosive keratitis, unsightly external appearance of the eyelid, and postoperative hemorrhage were described as the initial complications of surgery in senile blepharoptosis. As for intermediate to late complications, recurrence of blepharoptsis was the most frequent problem. The author discusses treatment and the basic approach to management of these complications. In addition, the author devotes a small section of the article to the diagnosis when a patient develops a complication of senile dermatochalasis of the upper eyelid, as well as other items that require particular attention during blepharoptsis surgery.

[Japanese Journal of Ophthalmic Surgery 8(4) : 611-616, 1995]

 

【Key words】 senile(involutional) blepharptosis, surgery, complications,recurrence.

  はじめに

 老人性眼瞼下垂〔正確には退縮性眼瞼下垂とよぶべきであるが,ここでは慣例に従って老人性眼瞼下垂(以下老人性下垂)とよぶ〕は,昨今,高齢者が急増しているうえに,白内障手術を受ける者もまた増えているため,かなり一般的な眼疾患の1つとなった.いわば眼形成手術の新しい「対象」である.それなりの手術を行うと,それなりの結果が得られるので,安易な手術が行われ勝ちであるが,解剖学的に,また発生病理学的にきわめて問題点が多く,真剣に取組む必要性のある疾患である。

I 合併症の処置と考え方

 まず術後合併症としては,第1に低矯正と過矯正をあげなければならない.さらにlid lag(眼瞼おくれ),兎眼,びまん性角膜炎,眼瞼外観の醜形,眼瞼皺襞の異常,両眼のアンバランス,術後出血などを生じやすく,また術中に不適切な操作を行えば,それぞれの段階でさまざまな程度の不満足な結果につながる.また老人性皮膚弛緩を見逃したり,陳旧性顔面神経麻痺や古い顔面外傷による下垂に腱膜手術を行えば,うまく挙がらないことがある.軽度の先天性不完全下垂を放置していて老人性下垂が合併した症例では,もともと眼瞼挙筋に変性があったり,Whitnall靱帯の形成不全があるため術後も挙上しにくく,また再発しやすい.一般に短期(1ヶ月以内),中期(1年以内)にみられる再下垂は合併症の中で最も重大なものの1つであるが,Anderson1)は,真の評価には10年間の追跡が必要であろうといっている.

 1.低矯正と過矯正,両目のアンバランスについて

 1)低矯正

 術後の低矯正はありえない.なぜなら,局麻なので不足であれば術中に前転用の糸を追加できるからである.術後1〜2年してからの再発に最も関係するのは,挙筋腱膜(以下腱膜)をfreeにしたかどうか,すなわち腱膜の前面を原法2)どおりに剥離露出したかどうかにある(図1のA,B,C,D).具体的には,第1に眼窩隔膜下端に水平切開を加え,眼窩隔膜を腱膜から確実に切り離すことである.第2に眼輪筋前瞼板部および,その下層の腱膜を全部切除して瞼板前面を充分に露出することにより腱膜末端は大部分の付着部を失う.第3に図1のAから上方に向かって瞼板上縁と眼窩隔膜・腱膜接合部との間の腱膜前面の露出もしっかり行うことなどである.場合によってはMueller筋に少しくい込んでもよいと思う(図1のA,D,E).また,眼窩隔膜・腱膜接合部の組織を取り残しておくと腱膜を前転させたとき盛り上がって効果があがらないことがある.瞼板上縁直上部には周辺部血管弓があり,激しく出血することが多いのでパクレンを用い,この部の剥離切除を最後にまわすとよい.


図1 挙筋腱膜前面の出し方
BCで眼窩隔膜を腱膜から切り離し,脂肪被膜に包まれた
眼窩脂肪を静かに押し上げれば腱膜前面が出る.

 腱膜前面が確実に出せれば,過矯正にこそなれ,低矯正になることはない.腱膜前面が出たことは眼窩脂肪の脱出でわかる.眼窩脂肪は脂肪被膜を破らなければ,思ったほど邪魔にならない.デマルで引き寄せて操作する.どうしても邪魔なときは切除してもよい.腱膜前転後に眼窩隔膜を腱膜に再縫合してはならない.lid lagや兎眼を起こす原因となりやすい.

 術直後の上眼瞼挙上の評価には麻酔薬に追加したエピネフリンによるMueller筋の収縮による挙上分を計算に入れるようにいわれるが,大抵瞼縁を瞳孔中央より3mmくらいの位置にもってくるとよい.低矯正のときは腱膜や瞼板をすくう糸の位置を互いに離したり,前転糸をきつくしめたり,追加したりする.普通は3針かける.術翌日から2〜3日の低矯正は術後の浮腫がひくにつれて次第にあがってくることが多く,3〜4日は様子をみたほうがよい.腱膜の出し方と糸のかけ方を上述のようにすれば,1〜2年でゆるんでくることは少ない. 

 2)過矯正

 むしろ上述のような操作で腱膜を出せば,過矯正になることがよくある.とくに外側は腱膜やWhitnall靱帯がしっかりしており,反対に内側の腱膜ははっきりしないので,外側だけ過矯正に,反対に内側だけ低矯正になることがよくある.ともに不快な眼姿となる.ベッド上で患者に開瞼させて,低矯正の場合は糸を掛け足せばよいが,過矯正の場合は前の糸をいったん除去しなければならない.過矯正にならないように糸をかなりゆるく掛けなければならないこともある.場合によっては外側の糸をかけず2針ですますこともある.術翌日過矯正であったら,過矯正の部分の縁間部に牽引用の糸をかけ,下に引いておくとよい.若い人によっては普通の大きさの眼であっても老人には大きすぎることがある.普通,瞳孔上縁よりやや上にあるくらいが好まれる. 

 3)両目のアンバランス

 片眼の術後では前頭筋を使わなくなって,術眼が大きくなった分,反対に健眼が下垂したり,または相変わらず前頭筋を使うので術眼が期待以上に大きくなりすぎたりすることがある.それをみてから反対眼の手術を勧めるとことわられることがある.前もって両眼の手術になるかも知れないと予告しておくことを忘れてはならない.両眼手術をしても術後も前頭筋を使うくせがとれぬ者は,過矯正のようになる.そのときは幅の広いセロテープを前額にはって,しばらく前頭筋を使わせないようにさせる.結論としては1年後のもどりを勘案して術後初期は瞳孔上縁1〜2mmくらいがよいと思う.

 老人性下垂は挙筋能がよい.先天性不完全下垂を合併していても挙筋能が8mm以上あれば中期の成績はよい.4〜8mmの間でもMRD(marginal reflex distance)がそれほど悪くなければほとんどの場合うまくいくはずである.後者では,上述した方法で健膜前面をしっかりWhitnall靱帯近くの腱膜(図2)に糸を掛けることが必要で,漫然と眼窩隔膜・腱膜接合部あたりを剥離していると,再発を起こしやすい(図3).


図2 眼窩隔膜下縁を水平切開して,脂肪被膜に包まれた眼窩
脂肪を押し上げて挙筋腱膜前面を露出した状態

 
図3 眼窩隔膜と腱膜とMueller筋のみえ方

眼窩隔膜はA,腱膜(B)は老人性下垂では菲薄,伸展しており,注意しないと剥離の際に隔膜側についてしまう結合組織の薄い膜である.隔膜側についてしまうとMueller筋(C)が露出される.Mueller筋は垂直に走る筋線維状構造物にみえ,角膜(D)が透見される.また脂肪沈着(E)をみることもある.

 2.lid lag(図4),兎眼,びまん性角膜炎について

 一般的には術後これらの症状は多かれ少なかれ出現するが次第に消失する.日中の頬回点眼と就寝前の眼軟膏点入で様子をみる.


図4 下垂手術直後
下方視でlid lagがみられるが,前頭筋を使う癖が抜けないためもある.

 術前片眼のlid lagがあれば,もともとその側の先天性下垂があったことが疑われるのでアルバムを持ってこさせ,詳細に検討する必要がある.また先天性下垂では術後はlid lagがさらに悪化することを明言し,下方視するときは首を前に曲げるように指導する.30歳代から50歳代くらいまでで最近下垂してきたと受診する者に先天性下垂が既存していた者が少なくない.

 術前lid lagが両眼にみられれば,下方視させた場合にも前頭筋を使ったままでないかをみる.よく皺をのばすと大抵両眼の老人性皮膚弛緩を合併している.弛緩した皮膚を切除し(後述)術後は前頭筋を使わないように指導する(前述).

 lid lagの修正として,いったんあげた上眼瞼をもとに戻す手術は,腱膜をそれほど切除していないので(図1参照),縫合をし直す程度で可能である.ただし過矯正修正のため瞼板上縁に保存強膜を移植した経験もある.腱膜と見誤って眼窩隔膜を前転させたときに兎眼は最もよく起こる.必ず眼窩隔膜を水平切開した後で,前転させる前に,腱膜をつかんで上方視させ,腱膜が引き込まれる手ごたえを確認する.前述のごとく眼窩隔膜は腱膜と再縫合してはならない. 

 3.眼瞼外観の醜形,眼瞼皺襞の異常

 下垂手術の際に重瞼形成をした場合,老人性皮膚弛緩があって皮切をしたときに生じやすい.腱膜を瞼板に固定する3本の縫合糸が平行にならないと瞼縁が浮き上がることがある.重瞼幅の多少の左右差は取り合わないほうがよい.合わせなければならないときは幅の広いほうに合わせる.逆にどうしても重瞼幅を狭くしなければならないときは,前頭筋への吊り上げ術を行う.すなわち創口を開き,瞼縁に向けて剥離後,図5のごとく瞼板に牽引糸を通して眉毛直上に出す.同時に,重瞼線より下の皮膚を少しつめる.全体的に瞼裂幅が大きくなるが目立たない程度にする.異常な皺は外側の皮膚切除が足りないときに起こりやすい.筆者は術前に皮膚切除の範囲をゆっくりデザインするようにしている.そしてその下方1/2を切除して重瞼を作るようにしているが,余分な皮膚の90%くらいを切除して重瞼にしない方法もある.後者では,充分下方視させ,切除しすぎないようにする.切りすぎて対側からのFTSG(全層皮膚遊離移植)を行わねばならないことがある.切除した皮膚をすぐに捨てないことである.


図5 吊り上げ糸の掛け方
瞼板下縁に等間隔で3針掛ける. 

 4.術後出血について

 最も多いのは,内外眼角部からの出血である.筆者は術後上眼瞼皮膚に,出血による壊死を起こしたことがある.そのときは術中から出血が激しかったのに凝固のみで結紮しなかった.このように術中の止血が不完全のこともあるので,術当日は圧迫眼帯をしたほうがよいと思う.幅の広い絆創膏を幾重にも貼って圧迫する方法である。とくに外来手術ではそのほうが安全である.重瞼を作ることが多いので皺襞がつぶれるようで圧迫眼帯をするのが嫌であるが,翌日の経過がよければその後は3日間冷罨法に変える.上述の壊死を起こした症例の上眼瞼皮膚は下眼瞼からの細長い有茎弁で修正しなければならなかった.しかし日本人の場合,一般には大出血は少ない. 

II 合併症を避けるため術前に確認すべきことがら

 1.老人性上眼瞼皮膚弛緩の合併

 上眼瞼の皮膚弛緩は以下のように決めている.すなわち開瞼させ,前額の皺襞を十分になでおろして,瞼板上縁あたりの皮膚を親指と人差し指で静かに何度もつまみあげる.次第に皺ができてくるが,

 全然つまめないか,つまめてもすぐに戻る…………−
 つまんだ皮膚を閉じた瞼裂までもってこられる……+
 瞼裂をこえて下眼瞼まで伸ばしてこられる………++

とする.数量的には中央部で余分な皮膚が10mm以下のものは切除の必要が無く,10mm以上でその半分を切除している.余分な皮膚は最高20〜25mmまでの者がいた.皮膚弛緩を合併しているときは,同時に皮膚切除しないと緩んだ皮膚だけが残って偽下垂となる.

 2.その他

 陳旧性顔面神経麻痺を見落として,腱膜手術をすれば数ヶ月で再発する.また,老人性下垂に過去の外傷が一部関与しているものがあり,皮下に瘢痕組織があって眼窩隔壁・腱膜接合部がわからずはじめて気づくことがある.外傷の既往を本人も忘れていたりするので注意を要する.

III 合併症につながる可能性のある操作 

 老人性下垂に関する論文2)や手術書3,4)にそれぞれの段階での手術操作は詳しく記述されているが,重要な操作は以下のとおりである. 

 1.挙筋角とWhitnall靱帯の混同

 腱膜は末端で内外に広がり,腱膜のhorn(角)を形成する.腱膜前転のためにこれを縦にわずかに切断することは許されるが,切りすぎるとWhitnall靱帯の下降枝を切断することになり,Whitnall靱帯の作用を低下させるので切らない注意が必要である5). 

 2.不十分な腱膜前面の剥離

 前述のとおり.

IV 眼窩隔膜を水平切開しない簡便法について

 Doxanas6)によれば腱膜の異常は腱膜のdefectと表現され,彼の挿図をみれば腱膜の「断裂」のように理解される.そして彼の簡便法では「眼窩隔膜に糸をかけないようにして中枢側の腱膜の表層を浅くすくい瞼板上縁に縫着するとよい」と記載されていて,眼窩隔膜を水平切開してない.筆者も軽度の老人性下垂では有効であることを経験している. 

V 再発について

 Jonesらは観察機関は不明であるが成功率は89%であったと,また前述のAndersonは1年から2年の経過で下垂が1mm以内にとどまったものは約83%であったと発表した.これに対してBerlin7)は平均6,7ヶ月の観察で61%という不本意な成績を発表したが,Andersonはその原因として,Berlinが自省しているように吸収性縫合糸を使用したこともその原因であろうが,それよりも腱膜の「解離」か「断裂」といわれている部分の上方や下方に「菲薄化し伸展した」腱膜が存在するのを見落としているからで,もっと中枢寄りの健康な腱膜を前転させて,さらに病的な腱膜の抹消を切除し,瞼板に固定しないからいけないのだと指摘している.まったくそのとおりだと思う.ところで筆者は眼窩隔膜・腱膜接合部を経て,腱膜側に入ったところで意識的に横切開して,Whitnall靱帯近くまで剥離し,前転させるようにしているが,術後も一時的な過矯正になりやすく,一般に患者は(術者も)過矯正よりは低矯正のほうを好む傾向にあるので,なかなか悩みは尽きない. 

 おわりに

 筆者が老人性下垂手術にAnderson法を好み,眼窩隔膜下端付近で横切開する理由は,ほかでもなく,下垂手術の大家Beard8)の名著Ptosisを参考にしたからで,またその結果,手術成績が向上したと思うからにほかならない.

 すなわち,tuckingの際に,腱膜前面を十分に露出し,挙筋複合体を掬って前転させたほうが,眼窩隔膜・腱膜接合部を少し上まで剥離して,露出した前面を掬ってくるより再発率は少ないと考える.

 なお,軽度の下垂に対しては,前転量を減らして対処する.

【文献】

1) Anderson, et al : Whitnall’s sling for poor function ptosis. Arch ophthalmol, 108 : 1628-1632, 1990

2) Anderson RL, et al : Aponeurotic ptosis suegery. Arch ophthalmol, 97 : 1123-1128, 1979

3) Tse DT, et al : Oculo Plastic Surgery. Philadelphia, JB Lippincott, 1992, p151-174

4) Heroh PS (増田寛次郎監訳):眼科手術手技アトラス.メディカルサイエンスインターナショナル,1991

5) Anderson RL, et al : The Role Whitnall’s ligament inptosis suegery. Arch ophthalmol, 97 : 705-709, 1979

6) Doxanas MT : Simplified aponeurotic ptosis suegery. Ophthalmic Surg, 23 : 512-515, 1992

7) Berlin AJ : Lavator aponeurosis suegery. Ophtalmology, 96 : 1033-1037, 1989

8) Beard C : Ptosis. 3rd ed, St Louis, CV Mosby, 1981, p163-165