眼険下垂の鑑別診断を教えて下さい

井出 醇いであつし,児玉 安代,大槻 勝紀,三戸 秀哲

「神経眼科」 第18巻 第4号 別冊

Neuro-ophthalmology Japan Vol.18.No.4.459-462

平成13年12月25日発行

日本神経眼科学会のご好意により掲載しています。

 現時点で眼隙下垂を原因別に頻度の多いものから挙げれば,退縮性眼瞼下垂,先天性下垂(ここでは上限瞼挙筋発達異常を指す),その他諸々の下垂となると思われる.
 退縮性眼瞼下垂はもともと老人性下垂(後天性下垂に含まれる)と呼ばれたものが「老人性」というのは,多少差別用語的である l ) ことから「退縮性」と呼び換えられたもので.原因論的に腱膜性下垂 2 ),3) ,さらに原因を特定して腱膜解離性下垂と呼ばれることもあるものである.挙筋腱膜の後層が瞼板前面から解離(これはdisinsertionの和訳)により起こるとするものであるが,私どもが多数の症例につき手術時に確認したところでは退縮性下垂の直接原因は挙筋健膜やMuller筋の解離と共に両者の伸展,非薄化のあることも否定できないと思われた.また,健膜の退縮を加速する危険因子としては,加齢のみならず繰り返される眼険浮腫,内眼手術(白内障,緑内障)さらに眼険形成術,RK,眼瞼部の外傷や感染後,CLの長期装用,長期のマスカラー使用なども指摘されているが,いずれにしても私どもの考えは軽度の先天性不完全下垂の長期放置がベースにあるところに上記危険因子が加味されて起こるものも少なからずあるのではないかということである(これらは古い写真で容易に確認される).
 以上より.まず比較的高年齢者をみたら退縮性下垂を,乳幼児であれば狭義の先天性下垂と鑑別診断(以下,diffrential Diagnosis =d.Dと略す)すれば,当る確率は大である.
 さて.眼瞼下垂のd.D以前に,そもそも眼瞼下垂と類似疾患とのd.Dが必要である. 眼脆下垂と似た疾患としては, 両側眼瞼痙攣,片側顔面痙攣などの眼輪筋の機能亢進,開瞼失行,眼瞼ミオキミア,チックなどがある. これらのd.Dをまとめて表1に示す.
 さて,眼瞼下垂そのものの更なる分類とd.Dについては,向野 4) の眼瞼下垂フローチャート(表2)がある.このチャートは眼科医が,多忙な外来診療中に短時間で診断を下すのに有用である.そこでこのチャートに使用上の注意を若干追加し,また解説が省略されている個々の疾患について一覧表(表3)を作って診断の便に供してみた.
 眼瞼下垂を認めた場合には,第1のステップとして眼瞼,眼球の変形,変色の有無により大きく見かけの眼瞼下垂と真の下垂とに分ける.見かけの下垂には表2の症候性下垂の他に,小さすぎる義眼,眼球労,無眼球症,下斜視によるもの,上眼瞼皮膚疾患などが入る.残りが真の下垂である.第2に下垂が生まれつきか,生後に生じたものかを生下時から受診時までの何枚かの古い写真で確認する.商業写真では上眼瞼縁に沿って修正をすることがあるし,表裂を誤って焼き付けたスナップ写真をみたこともあるので注意を要する.狭義の先天性下垂,つまり挙筋発達異常によるものの一部で,軽度のものはそのまま見逃され,または放置されて,後年腱膜性下垂として診断される者がいることは前述した通りである
 さて後天性と見なされる者は,第3に瞳孔異常の有無によりさらに分別されるが‐瞳孔反応は, まず被検者を暗所に置き,暗所散瞳の有無から始め,ついで対光反射を調べる.Homer症候群では暗所にも関わらず下垂側の縮瞳が,動眼神経麻痺の一部では明所にも関わらず下垂側の散瞳が見られる.

 瞳孔異常のない者は,第4のテンシロンテストに移り眼筋無力症を除外する.
 そもそも神経筋接合部には.ニコチン性受容体とムスカリン性受容体の両方があり,眼筋無力症では眼瞼挙筋のニコチン性受容体の働きが悪い.ところでテンシロンテストに使うアンチレックス(R)は両受容体に働く.テンシロンテストの目的はニコチン性受容体の働きを高め,下垂した眼瞼が挙上するかどうかを見ることにあるから.全身に存在するムスカリン性受容体の過剰反応(コリナジック,クライシス)はこのテストに不要ないわば副作用である.従ってこの副作用が起こってはならぬ消化管や尿路の閉塞性疾患のある者,気管支端息,心不全のある者にはテンシロンテストは禁忌であり,また迷走神経緊張症では気分不良,冷汗,顔面蒼白など血圧低下の症状を起こしやすいので 厳重な注意が必要である.
 これらの危険な副作用に対処し、安全にテンシロンテストを行うために、柏井5)は以下の方法を行っている。
1、三方活栓の一方に15mlの生食水を,もう一方にはツベルクリン注射筒に1mlのアンチレックス(R)を詰めたものを翼状針で静脈につなぐ.
2、別に2mlの注射筒にアトロピン1mlを詰めて,気分が悪くなったらすぐ側注できるようにしておく(アトロピンはムスカリン受容体阻害薬である).
3、まず1mIの生食水を静注して異常のないことを確認する.次にアンチレックス(R)0.2mlを注射して1mlの生食水でフラッシュ,1分間様子をみる.
4、反応がなければ0.4mlを追加して生食水でフラ,シュ。ふたたび1分間様子をみる.
5、D残りの0.4mlを注射して,さらに1分間様子をみる.
6、眼瞼縁の挙上は逐一写真を撮るか,または瞼裂巾を計測する なお下奥によれば6),267回のテンシロンテストで3例の重篤な副作用を認めたということであり,その予防法として始めから0.3〜0.4mlの硫酸アトロピンを投与することを勧めている.これは前処置によって予め危険なムスカリン作用を抑制してしまおうとするものである.
 第5に外眼筋麻痺などの合併症の有無によって,腱膜性下垂,先天性不完全下垂の長期放置とその他が除タトされる.
 以上のように眼瞼下垂はd.Dがなされるが,次に確定診断が下されねばならない.枚数の都合上ここでは狭義の先天性下垂,腱膜性下垂,眼筋無力症,Homer症候群.動眼神経麻痺,先天性外眼筋線維症,眼瞼縮小症候群などの診断のポイントを別に表にまとめてご質問のお答えとさせていただくこととする.

文 献

1)井出 醇 訳:BEARD'S PTOSIS 眼瞼下垂.メディカル葵出版.1998,p52

2)Jones LT: The anatomy of the upper eyelid and its relation to ptosis surgery. Am J Ophtha-lmol 57: 943-959,1964

3) Anderson RL: Age of aponeusotic awareness. Ophthal Plast Reconstr Surg 1: 77-79, 1985

4) 向野和雄:眼瞼下垂.東 郁郎,山本 節(編):図説眼科鑑別診断 第2巻・症状からみた鑑別診断.メジカルビュー社,1987,P13

5)柏井 聡:眼球運動障害の見方?テンシロンテスト.眼科診療プラクティス43 チャレンジ神経眼科.1999, P128-131

6)下奥 仁: テンシロン試験.眼科診療プラクティス12 やさしい神経眼科.文光堂, 1994, P113

7)河合一重 訳:神経眼科POアプローチ:メディカル・サイエンス・インターナショナル,1991, P221-227

8)厚生省保健医療局疾病対課 免疫性神経疾患調査研究班:重症筋無力症.(財)難病医学研究財団企画委員会:難病の診断と治療指針1.六法出版社出版事業部,1997, P25-33

※この論文の版権は「神経眼科」にあります