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CO2レーザーを用いた上眼瞼皮膚弛緩症手術について抄録を新たに掲載いたします(平成13年7月7日) 根崎 健吾*1 加賀 修*1 真野 俊治*1 *1 井出眼科病院 *2 山形大学医学部眼科学教室 メディカル葵出版のご好意により掲載しています。 「眼科手術」 第12巻第4号 1999年10月 CO2レーザーを用いて21例36眼の皮膚切除術などを施行した。全体的にみて、ナイフおよび剪刀を使用した従来の手術に比べて術中術後の出血、疼痛、浮腫は少なかった。一方、術後皮下出血がときどき認められたが、これは麻酔液注入時に生じた皮下出血と思われ、その対策について述べた。また術後縫合部の創傷治療はきれいであるがやや遅延するような印象を受けた。CO2レーザーは上眼瞼皮膚弛緩症患者の皮膚切除には有用な手術機器である。 Surgery for Dermatochalasis Using a CO2 Laser Kengo Nezaki1), Osamu Kaga1), Shunji Mano1), Atsushi Ide1), Takashi Yamamoto2) Ide Eye Hospital1) , Department of Ophthalmology, Yamagata University School of Medicine2)
[Japanese Journal of Opthalmic Surgery 12(4) : 552-556, 1999]
I 緒 言 CO2レーザーが医療用切開用具として,はじめて導入されたのは,1964年1)のことであるが,CO2レーザーを利用した眼瞼形成術の最初の英文論文が現れたのは,20年後の1984年2)になってからである.さらに約15年後の1998年になって,ようやくわが国の眼科領域で「CO2レーザーの使用経験」と題した新器種紹介の論文3)が発表された.このようにわが国眼科で普及が緩慢に経過した理由は種々考えられるが,PEA機器が先に導入されたことも一因であったろうと思われる.しかし一方で,その間,CO2レーザーの改良が加えられたうえに,価格も下げられたのは幸いであった. このたび筆者らは,CO2レーザー機器(UniPulse COL-1041H(R))を上眼瞼皮膚弛緩症手術(以下,上眼瞼皮膚切除術とよぶ)に使用し,メス,パクレンなどに勝るとも劣らぬ利用価値のあることを知りえたので,若干の知見を加えてここに報告する.
II 使用機器と使用法 1.使用機器 本機種(図1)ニデック社製のCO2レーザー手術装置で,レーザー光は波長10.6μm,出力1.0~20.0W(UniPulseモード)、0.5~40.0W(CWモード),照射時間0.02~5secおよび連続,休止時間0.02~5sec.UniPulse COL-1041H(R)とよばれ,1040SHと1040Hの2機種がある.筆者らの使用した1040Hにはスキャンモードがない.
本体は300(W)×470(D)×1360(H)mm,重量約68kg,比較的小型軽量のうえ、キャスターで移動も容易である.先端よりレーザー光の発射されるアームは,多関節式でbal-ancerがついており動かしやすい.また強力な排煙システムを備えており,家庭用100Vの電源に接続できる.
2.使用法 COL-1041H(R)はキースイッチを入れると図2の右上の出力波形設定パネルのCW(continuous waveの略)と,左上の照射時間設定パネルのcont(continuousの略)とpower10.0Wに明かりがつくように初期設定されている(図2).
上眼瞼の皮膚切開には,まず出力波形のパネル板でCWからユニパルス(パルス波)にボタンを押して切り替える.照射時間設定はcontのままにしておく.つまり切開には連続波よりパルス波のほうが向いており,またパルス波が連続的(cont)に発射されるほうがよく切れるからである.上眼瞼ではpowerは10.0Wから2.0Wに下げるが、皮膚の厚い眼窩口外上縁の部分では3.0Wの方が切開しやすい場合もあった.また切開では,さらにCOAG/CUT設定条件をI~Vのなかから一つ選ぶことができる.すなわちIは照射時間が長く休止時間が短いので凝固に適しており.Vはその反対で切開に適している. 上眼瞼皮膚切開の場合には,powerを2.0Wに固定して,設定スイッチをIIからVへ変えた場合の切れ味と,powerを3.0Wにあげた切れ味では,後者の変化が大きかったので,まずpowerを2.0Wとし,中間値のIIIを選び,切れ味の悪いときはpowerを3.0Wに上げる方法を用いた. つぎに剥離条件であるが,まず出力波形をCWに変更する.照射時間はcontのままでよい.この場合は連続波(CW)であり,COAG/CUTは選択できない.powerは上眼瞼剥離では2.0~3.0Wが適しているように思われた.
III CO2レーザーによる眼瞼皮膚切除術 上眼瞼皮膚弛緩症には,原則として上眼瞼形成術を行う.上眼瞼形成術は,眼科領域において珍しくもなく行われる手術であり,筆者らもすでに報告してある4)が,今回はCO2レーザーを使用した結果,さらに2,3の工夫を行ったので,その点に限定して述べてみたい.
1.麻酔について CO2レーザーで無出血的に皮膚切開を行うようになって,はじめて意外に麻酔液注入時に皮下出血や血腫をおこすことがあるのに気づいた. そこで歯科用電動注射器Newカートリーエース(31G)を使用して皮下出血を防止しようと考えた.注射にはエピレナミン加(1:80,000)2%キシロカインを,注入速度,最速(といっても1ml/40秒)で1~3ml程度注入した. 注入には皮膚が膨隆するようにできるだけ浅く,少量ずつ行った.疼痛はほとんど訴えなかった.皮下に多量の麻酔液が存在するとCO2レーザーの切開効果が弱まることを指摘するもの3)もいるが,筆者らの方法では注入量はけっして多くはならない.
2.皮膚切開について(図3) 角膜保護用のシェルを忘れずに挿入した.ハンドピースの運用はできるだけ皮膚面に垂直に立て,ハンドピース固定棒の先端を皮膚から浮き上がらせないようにして赤色のエイミング光を1cm/秒くらいの速さで移動させた.皮膚から離すと焦点ぼけを生じエネルギーが低下する.スポットサイズが0.2mmに固定されているものを使用したが,オプションで0.1mmのものや可変焦点タイプもある. 3.余分な皮膚の皮下剥離について モスキート鉗子で皮膚尖端をつまみ上げ剥離した皮膚を巻き込みながら,眼輪筋の上で剥離した(図4).外眼角部は厚くなりすぎないように心がけた.最後の断端は,とくに右眼の内眼角部のように切除しにくい箇所は,スプリング剪刀で薄く切除したほうが速く,また誤照射が防げた.
4.縫合について(図5) 7-0ナイロン糸で結節縫合を行った.縫合の際にはレーザー光切開のため皮下組織が収縮しているのでU字に通糸し,また抜糸も2週間前後に遅らせた.
IV 対象 対象は1997年11月初めから1998年10月末までの1年間に井出眼科病院においてCO2レーザーにより手術を行った,老人性上眼瞼皮膚弛緩症21例36眼であり,そのなかには6例11眼の後天性眼瞼下垂合併例を含む.男性7例,女性14例で,年齢は62歳から89歳まで,片眼のものは6例,両眼は15例であった.片眼の老人性皮膚弛緩症は考えにくいが,筆者らのシリーズでの片眼のものは,比較のため他眼をメスと剪刀により手術をしたもの2例,家庭事情で手術を中止したもの1例,陳旧性顔面神経麻痺に合併したと思われるもの1例,片眼のみ手術を希望したもの1例,他眼は手術済みのもの1例であった.老人性眼瞼下垂を合併していた6例中2例にはそれぞれFasanella-Servat法とAnderson法(経皮的挙筋腱膜短縮術)を行ったが,ほかは後日手術を行うこととした.また全例とも年齢などを考慮して皮膚切開術だけにとどめ眼窩脂肪除去は行わなかったが,希望により2例には重瞼形成を行った.
V 症例 まず代表的な2症例を呈示する. 症例1:重瞼術を施行した75歳の男性(図6)
7年前に当院で両眼のIOL挿入術を受けている.5年ほど前から両側の上眼瞼が重たく感じられた.生来重瞼であったので,術後しっかりした重瞼に戻すように求められた.余分な皮膚幅は中央で右7mm,左8mmで,約半量を切除,手術はこれもすでに筆者の報告している老人性上眼瞼下垂症の手術5)の通りに行った.ただし,眼窩隔膜にメスで横切開を加えて挙筋腱膜から分離したとき以外は,すべてCO2レーザーで処理した.術中出血は少なく,術後の腫張疼痛もたいしたことはなく,4日目に退院した. 症例2:皮膚切除のみを施行した67歳男性(図7)
10年くらい前より徐々に視野が狭く感じられてきたが,他院にて上眼瞼が垂れたためといわれ手術をすすめられて来院した. 両側の上眼瞼皮膚弛緩症のみで,余分な皮膚は中央で両眼とも11~12mmあった.ほぼその全量をCO2レーザーを使って切除した.
VI COL-1041H(R)によって切除した上眼瞼皮膚片の組織学的所見 図8は皮膚をユニパルス,照射時間cont,power2.0W,設定スイッチIIIで切開した垂直面(標本右側)と,CWモード,照射時間cont,power2.0W,で剥離した水平面(標本下側)と含む組織標本を示す.(×25)のHE染色標本である.
VII 考按 本格的な高齢化社会に入り,加齢関連の眼疾患が増加しているが,老人性上眼瞼皮膚弛緩症もその一つである.余分に垂れた皮膚が前頭筋を使用しても瞳孔領を半分以上覆うようになると患者は視力障害を訴え,またそこまで悪化しなくても眼精疲労を訴えるものが一部に出る.そのときは,上眼瞼皮膚切除術が一つの治療法となり,従来はメスやパクレンによる手術が行われてきたが,ここにCO2レーザーにより皮膚切開および皮下剥離を行う新しい手術法が加わった.一般に本法の長所は血管やリンパ管の断端をただちに閉塞させ,また神経末梢を封じ込めることにより,術中術後の出血,疼痛,浮腫を軽減させ,それが術中操作を容易にし,ひいては手術時間や,回復時間を短縮させ,従来型より早く社会復帰させることができる点にあると報告されている6) そこでまず従来の金属メス,電気メスとCO2レーザーメスを比較するところから述べる必要があると思う. まず金属メスは最もシャープで繊細に切開できるが,止血が全然できない.反対に電気式の熱凝固器であるパクレンでは皮膚切開ができず,剥離の際にも急速に冷えて組織を思うように分離するのが困難である.電気メスは一般に熱作用が強くその分止血効果が強いが,皮膚が火傷状になりやすい.単極電気メスは眼瞼形成術に用いると活性電極からアース電極までチャネリングを起こし,網膜中心動脈や後毛様体動脈の痙攣を起こし7),また視神経に直接損傷を与える可能性がある8)という者もいる.また,一眼に金属メスおよび電気メスを使用し他眼にCO2レーザーを用いた比較試験の結果,術中の出血や手術時間,術後の浮腫や疼痛の程度に有意の差を認めたという報告もある9) それに対するCO2レーザーの利点は前述したが,しかし利点ばかりというわけでなく問題点も多い.まずCO2レーザー使用の手術において,第1に栗原ら3)が指摘している皮膚切断面の組織の収縮と融解凝固がある.さらに熱作用が強いと炭化を生じ初期の創傷治癒を若干遅らせる結果となる.これに対してCO2レーザー機器の改良が行われてきたが,それはそれとして,収縮や熱凝固の軽減には四点支持10)により皮膚表面を緊張させレーザー光による切開,剥離とともに,組織の引き裂きの効果をも加味させるのが良法であると思う. 第2が出血しにくいといっても出血を生じたらどうするか,その場合にはまずハンドピースを少し浮かせ意識的にレーザー光に焦点ぼけを起こさせて出血点を凝固するか,または出血点の少し傍の一点を凝固して出血点周囲の組織を収縮させて止血する.それでも駄目なことがあり,そのときはペアンで出血点を挫滅させてから凝固するか,あるいは結紮して完全に止血するしかない.いずれにしても過度の炭化を起こさないようにし,また大きな炭化物は除去なければならない。 第3に皮膚縫合の際に両側の皮膚断端が埋もれないようにU字に通糸する必要がある. 第4に誤照射の問題がある.すなわち不慣れのうちは照射中の足踏みスイッチを切るのが遅かったりまた剥離部末端を切開中にレーザー光が鼻柱や頬部に流れやすい.とくに右利きの術者が患者の右眼の皮膚剥離中最末端部を切除するときに起こりやすい.後者の対策としてチップは常に立てるように心がけることが肝心であり,また手術野の周囲を濡れたガーゼで覆ったり,綿棒やアイスクリームのヘラのような木製の平行棒でバックアップするなどして,流れたレーザー光を吸収させるのがよい.この際ガーゼなどは排煙管に吸収されやすいので,吸引口をナイロン網のようなもので覆っておくと便利である, 次にCO2レーザーそのもののもつ問題点もあるのでその対策法について考案する. 問題点とは,言いかえれば欠点ということにもなるが,このうち一番問題となるのは蒸散煙(laser plume)である.これは術者が,レーザーによって蒸散させた病理組織中に存在するウイルス粒子を吸入することにより感染する可能性があるというもので,これまで何名かの報告者によって指摘されており11),適切な排煙システムが確立された今日では危険性は少ないといわれているが,100%安全なわけではない.その病原体の一つがヒトパピローマウイルス(HPV)で,肛門性器コンジローム患者にレーザー治療を施行した手術医に喉頭部乳頭腫症が発症したと推定されるという一例報告12)がある.この病院では手術医は普通のマスク,手袋,保護眼鏡を使用していたが,蒸散煙の排煙システムはなかったという. ともかく排煙システムは必ずしようしなければならず,そのなかでも第一にしなければならないことは,吸引口を病巣から2cm以内に保持する必要があることである8).それと同時に簡単な外来手術であってもマスクは必ず装着することで,定型的な外科用マスクでは約5μmの粒子を99%は補足するといわれるが,蒸散煙の粒子は単位が一桁小さいといわれているので,排煙システムは常用するだけでなく,?@排煙システムには容量で強力なものを使用する,?A排煙用機器には0.1μmの粒子まで補足できるフィルターを使う,?Bかつフィルターを頻繁に交換することなどである. 価格は安いにこしたことはない.技術修得はPEAに比べれば容易である.火災の危険に対しては消火器の位置を確認しておくこと,アルコールを浸したガーゼに照射すると火焔をあげることがある.誤照射によって起こりうる最も危険な合併症は下垂手術などで,薄い結膜を透しての角膜火傷であると思われるので,角膜保護用シェルや角板の使用は必須である.融解凝固面同士の再癒着は当然のことながら遅れる. 最も大事な心構えは,なにがなんでもCO2レーザー一本槍で手術を済ませようとしないことであろう. 最後に組織所見について少し検討しておく.すなわち切開面(図8の標本の右側の縦の面)では浅いところである表皮や真皮のコラーゲン線維が種々の程度に融解凝固し一部は炭化している.これは皮下組織など深い所はレーザー光よりも引き裂き効果によって切開されたからと思われる. また標本の庭面すなわち剥離皮片の裏側にも融解壊死が認められないのも引き裂きの力がより強く働いているからであり,さらに剥離片裏側よりも剥離床面に出血しやすく,出血すれば裏面よりも床面を焼灼するからであろう. 壊死組織が存在する間は,創傷治癒は進まないことが予想される.したがって術後1~3週間は,従来型の癒着部位より,引っ張り強度は劣るが創傷間にある壊死組織の消失とともに10日目以降あたりから急速に改善されるといわれるのもよく理解できる. 【文献】 1) Pater CKN:Continuous-wave laser action on vibrational-rotational transition of Co2. Phys Rev, 136A:1187-1193, 1964 |